オプティミストになってがん治療を乗り切る

笑っている壁の絵

ホットフラッシュ前に現れる「ニセ感情」。
突然悲しくなったり不安になったりする。

別に、何か辛い出来事があったとか、悲しいテレビドラマを見ていたとか、そんなんじゃない。

抗がん剤のホルモン治療をしているせいで、自分の体の何かの回路が、今までとちょっと違う働きをしているせいなんだと思う。

2,3か月前に、かなりひどかったホットフラッシュのほてりの直前の嫌な感じ。 イライラ感、焦燥感、パニック感、そして涙が出てくるほどの悲...

この、わけの分からない不安感のぐちゃぐちゃな感情に、私は自分で「ニセ感情」って命名して、勝手にそう呼んでいる。

このぐちゃぐちゃな感情は、自分の本当の気持ちじゃなくて「ニセ物」だってわかってはいるのだけど、あまりに頻繁に悲しくなったり不安になったりしていると、本当に自分が悲しくて不安がっているいるような気がしてくる。

実際、
このニセ感情に襲われて辛くなることに対して悲しくなったり、「これっていつまで続くんだろう」って不安に思ったりしているときも、あるのかもしれない。

そうなると、もう本当にぐちゃぐちゃで、とりとめもなくどこかへ落ちて行ってしまいそうだ。

ホルモン治療から、うつ病を発症するっていうのは、こういう所からなんじゃなかろうか、なんて思う。

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私はオプティミスト(楽観論者)?

じっとしていると、ニセ感情に翻弄されっぱなしになりそうなので、大きな声を出して歌を歌ってみたり、楽器をやってみたりしている。

体を動かしているときは、ホットフラッシュも、不安感やイライラ感などのいやな感情も、かなり穏やかになる。 だったら動くしかない。 とい...
ティンホイッスルは、リコーダーよりも少し小さめのたて笛で、奏者の男の人の大きな手の長い指が、ひらひらしながらきれいな音を奏でてる。どうやらコレ、アイルランドとかスコットランドとかのケルト文化の伝統音楽で、よく使われる楽器らしい。

でも、本を読むのは、じっとして根をつめすぎてニセ感情を誘発しそうで、ちょっと避けていたのだけど、なんとなく気になって読み始めた本がある。

それが、オプティミストはなぜ成功するか [新装版] (フェニックスシリーズ)

読み始めて、実はちょっと失敗したと思った。

というのも、最初はペシミスト(悲観主義者)の話ばかり。
で、私はいつの間にか、そのペシミストの中に自分の行動や考え方の似ている部分を探し始めていた。

そして段々と、
「自分はペシミスト(悲観主義者)で、オプティミスト(楽観主義者)には到底なることはできない。よって、私はまるでダメ。」

「それに、きっとこれからもずっと続くこの抗がん剤の苦しみのせいで、まっとうな生活もできなくて社会からも逸脱していくんだ」

なんていう、なんとも悲観的で破滅的な思考が頭に浮かぶ。

「ニセ感情のせいで、私、うつ状態になってしまうかも…」なんていう不安を感じている今の自分にとっては、これはちょっと危ない。

さいわい、「これは危ない」って考えられる客観性は、私の中にまだ残っているらしい。

そんな気持ちとは裏腹に、これはちょっと意外だったのだけど、
この本の最初のほうにある「テスト」で自己採点をしてみると、私はそれほど悲観論者ではないらしい。

とりわけ悲観的でもなく、かといって特別楽観的でもない、っていう普通な感じ。

重要なのは、出来事に対する説明スタイル

まだ、この本の3~4割程度しか読んでいないのだけど、

どうやら、
何かの出来事を「自分にどう説明するか」という説明のスタイルは、苦しみを長引かせるか否か、ということについての重要なキーになるらしい。

たとえば、何かを失敗したときに、それを、
「永久的」で「自分のせい」と考えるか、それとも
「一時的」で「偶発的」と考えるか。

あるいは、何かがうまくいったとき、それを
「一時的」で「誰かのおかげ」と考えるか、それとも
「これからも起こること」で「自分は十分に頑張った」と考えるか。

こうした考え方の違い(自分への説明の仕方)は、その後の気持ちや行動に大きく影響する、と。

私は今、自分の状況を、自分にどう説明しているのだろうか…。

つらいのは、今しばらくの間

ホルモン治療やめたいな~、って、思うこともある。

今すぐに、手元にある「エキセメスタン」って書いてあるオレンジ色のパッケージの束をゴミ箱に放り込む。

明日の朝には清掃局の車が来て、隣近所から集まった生ごみと一緒に焼却炉で灰と化す。

お腹に埋め込まれたもう一つの薬のリュープリンは、来年の3月までは溶け出すことをやめないけど、その後通院しなけりゃ、ホルモン治療からは開放される。

やめたら、この辛さから開放されるんじゃないか、ってね。

でも、
やめない。
やめなんか、しない。

再発が怖いから? 
それももちろん、大いにあるね。

でも、それ以上に、なんていうか…、
やり遂げて、癌のヤツを見返してやりたい、なんていう気持ちもどこかにあるかな。

だから今、
この辛い出来事は、決して「永久的」じゃなくて「一時的」であると、考える。
このニセ感情は、十分にコントロールできる、と考える。

今までだって、
手術して、化学療法して、放射線治療もして、
そのどれも皆、乗り越えて来たんだもの。

底抜けの楽天家を目指す!

辛くて、少し休んでいるのか。
はたまた、
辛さを理由に、サボっているのか。

たまに分からなくなる。

たまに?? 
いや、いつもよく分かっていない。

でも、
正当な休息か、おサボリか、なんて誰かに迷惑がかからなきゃどっちでもいいや、って感じ。

それに、これまでのがん治療をしてきた中で、ひとつ発見したことがある。
「サボる」のは、元気じゃないと出来ないこと、ってコト。

ひたすら辛いときは、「できる」ことがほぼゼロ。

「サボる」のは、「できるのに、やらない」ってことだから、
「サボることが出来る」ようになって来たってことは、「元気になってきた」ってこと。

これ、すごいと思った。
最初に気づいたときは、感動した。

「うわ~! アタシ、出来るのにサボってる~~!!」って。
治療のダメージから回復してきてることを、自分がサボった行動で実感した。

それと、もうひとつ。

ニセ感情が辛くて泣いても、
ホットフラッシュに癇癪を起こしても、
どうでもいいけど、とりあえず生きてるのが楽しいって感じることもあるんだ。

病気する前よりも、今のほうが楽しいってさ。

目指すは、「底抜けの楽天家」だな。
癌のヤツ、見てろよ~~。

あ、いや…、
見てなくていいや。
どっか行け。


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