大好きな街、神楽坂

おそらく関東近県では、神楽坂といえば、ほとんどの人が聞いたことのある地名なのかもしれないけど、「東京のことなんか知らん」っていう人にしてみたら、「神楽坂? どんな坂?」って言われちゃうような程度の認知度だと思う。

けど最近は、テレビでも紹介されることも多くなった。
その内容といえば、大体は、食べ物やさん、お店屋さん、ちょっとしたデートスポットの紹介っていう感じ。
それでも、自分の好きな街がメディアに出るとなると、同じような店が何度も出ていても、やっぱり見てしまう。

いつの頃からか、私はこの神楽坂っていう街が気になって仕方なくなった。
初めてこの街を歩いたのは、今から20数年前だと思う。
その当時は、いまほどの賑わいはなくて、もっと素朴さのあふれる街だったような気がするけど、実のところ、詳しくは覚えていない。

それでも、今でもここは小さな街で、なんとなく静かで落ち着いていて、風情のある雰囲気が心地よくて、やっぱり今でもこの街が大好き。

神楽坂の場所は、東京都心をぐるっと一周しているJR山手線のほぼ中央。
最寄り駅は、JR中央線の飯田橋駅か、地下鉄東西線の神楽坂駅。
住所は新宿区だけど、繁華街で知られる新宿からはちょっと離れていて、歩いたらたぶん1時間くらいはかかる。

で、神楽坂って何があるの? 
もし、そう聞かれたら…
「うーん…」(ローラ風)「えーっとね、美味しいお店!」

何か有名スポットがあるの?
「うーん、お寺があるよ。」(またまた、ローラ風)
「あとはね~、靖国神社! 東京ドームも近いかも。うふっ(^^) でもね、たぶん~、歩いたら20分くらいかかるよ。」

靖国神社も、東京ドームも、隣駅だからね…。(^_^;)

っていう具合で、神楽坂っていう街には、これといって大きなアミューズメントスポットがあるわけじゃない。
だけどこの街には、若者も、年配の人も、家族連れも、私みたいなおひとりさまも、みんな集まる。

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石畳の路地と坂の街


神楽坂という街は、その名前に「坂」と付くだけあて、坂が多い。
街そのものが坂と言ってもいい。

JR中央線の飯田橋駅の西口から、神楽坂方面へ向かうと、緑色の大きな丸いロゴを掲げたスターバックスコーヒーが見える。
以前はパチンコ屋だったけど、いつの間にかスタバになった。
このスタバのある交差点が、「神楽坂下」交差点。

ここから北へとのびる道が、神楽坂のメイン通り。
ほぼ1kmほど続くこの上り坂は、途中少し平らになって、ひと休みという感じで二つ目の交差点にたどり着く。
それが「神楽坂上」交差点。

「上」といいながら、実はまだその先も坂は続いていて、本当の坂のてっぺんまではまだ半分の地点。
ここより上の半分は、「奥神楽坂」っていうらしい。

この坂のてっぺんにある、地下鉄の東西線の駅を通り過ぎて、もうひとつ隣り駅まで歩いていくと、大隈講堂のある早稲田大学へとつながっている。

この、神楽坂下と神楽坂上をつなぐメインの通りから、少し横道へ入ると、古い石畳の路地が残っていて、
そこには、玄関先に盛り塩をした料亭とか、少しおしゃれな隠れ家レストランのような、なかなか予約のとれない人気店もあって、狭い路地だけど週末は人が沢山いる。

坂道や階段のあるこの石畳の路地は、ひと一人が通れるほどの細道のところもあって、雨の日なんかは、さした傘がじゃまをして人とすれ違うのにも気を遣う。

狭いところを人とすれ違うときに、傘を外側に傾けて、自分の傘の雨つぶが相手にかからないようにすることを「傘かしげ」っていうらしい。
こういう、相手を思いやる所作は「江戸しぐさ」っていって、狭い都会での生活を少しでも快適にする知恵なのだそうで、江戸の町民たちが普段からやっていたマナーだとか…。

で、こういうことができないと、「だから田舎モノは、いやだワ」なんて、都会人を気取るご婦人は噂話をしたとか、しないとか。

「江戸しぐさ」が、本当に江戸時代からあったのか、どうなのか、ちょっと物議をかもしているらしいけど…。
まあ、その辺の真偽のほどは定かではないにしろ、

狭い道で、向こうから歩いてきた和服姿の傘をさした御仁が、すれ違いざまにサラリすましてかしげた傘が、私の傘と、まるでこっそりと申し合わせたかのように優しい小さな山を作って、かすかに会釈なぞされてしまったら…。

それはもう、相手が男だろうと女だろうと、振り返ってその方のうしろ姿をじっと見つめてしまいそう。

ここ最近の「壁ドン」やら「あごクイ」なんかより、私としてはよっぽど惚れてしまう。

古い街と、新しい街

古い街並みの残るこの神楽坂だけど、やっぱり時代の流れとともに、古い建物やお店がなくなって、新しいおしゃれなカフェになったり、マンションになったりする。

なんといっても、日本経済が異常なバブル期にあったころ、この神楽坂も地上げの屋の標的になった。
この土地に何の愛着もない業者たちがその地権者になると、効率的な土地利用ということで、歴史のある土地にもその魔の手がのびた。

神楽坂5丁目に高層マンションの建築計画が持ち上がったとき、この地域の伝統的な街並みを守りたいという地元住民と、業者側との対立は激しく、裁判までにもなったらしいけど、結局、マンション建築はむなしくも進み続け、今は、高層マンションがニョキっとそびえ立っている。

この高層マンションは、50年の定期借地権付。
50年たったら、さら地になるそうだ。あと、何年かな。
当時の業者と闘った住民の方たちは、そのさら地を目にしたら、どんな気持ちがするんだろう。

このマンション建設のときに付け替えられた区道とともに、小さな区立の公園ができた。
マンションのすぐ横にあるこの「寺内(じない)公園」には、この土地で鎌倉時代・江戸時代の古くから生活してきた歴史や、文豪夏目漱石の思い出、喜劇王柳家金語楼や、俳優の勝新太郎が、この地に住んだことなどが紹介された「寺内公園の由来」が書かれてある。

その「寺内公園の由来」の最後は、

いつまでも忘れることのない歴史と 由緒あるこの地の思い出を この『寺内公園』に託し、末永く皆様の思い出の場、憩いの場として大切に護り育てましょう。

と結ばれている。

これを見ると、バブル期の「マンション建設騒動」での、地元の人たちのやるせない思いが伝わってきて、切ない気持ちにさせられる。

今、地下鉄東西線の神楽坂駅では、エレベーター設置工事が進んでいる。
この駅は、地下の比較的浅いところにあるけれど、ここ最近のバリアフリー化を思うと、エレベーター設置は当然の流れと思う。

私が、抗がん剤治療で副作用に悩まされて体力もなかったとき、この地下鉄のホームから、改札へと続く階段を見上げては、まるで登山にでも挑むような気持ちで、一歩ずつゆっくりと上ったっけ…。

階段途中の踊り場で、肩で息をしながらひと休みしてたら、「大丈夫ですか?」なんて、見ず知らずの御夫人に声をかけられたりして…。
今となっては、「あー、しんどい」っていうくらいで上っているけど、あと、2、3年早く作ってほしかったな~~。

このエレベーター、完成予定は平成31年の2月。まだ、もうすこし先。

そんな地下鉄横の工事現場で、交通整理をしているおじさんたちの横を通り過ぎて、私は今日も、赤城神社へお参り。

この神社、7~8年前に大工事をして、以前の面影は全くない。
デザインは、かの隈研吾氏。

以前は、雨が降れば水溜りもできるし、風が強ければ砂埃が舞うような境内だったけど、今はとっても近代的な建物になって、なんとも珍しいことに、マンションがくっついている。
ガラス張りのおしゃれ~なカフェも、境内にあるし。

こんな風に新しくなったら、お参りする人がとっても増えた。
最近気づいたのだけど、境内にQRコードが何枚か貼ってある。
スマホで読めば、何か情報をゲットできるのかな。今度、やってみようか。

こんな、新旧の入り混じった神楽坂は、今日も賑やか。

神楽坂の7月の最終週は、毎年神楽坂まつりでにぎわう。 26日(水)、27日(木)の前半二日はほおずき市。 後半の28日(金)、29日(土...
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